推定寿命97歳の長すぎる余生

そんな生きる必要ある?

わらってもひとり

せきをしてもひとり、より堪えるんじゃないかとたまに思う。

まあそれでも普通に部屋で一人でも笑ってしまうのだけど。

せっかくの休日も、事前にあれこれ考えてあれしよう、これしよう、って思うのに実際当日になると寒くて布団からも出られない。

これだから冬は。

手術後しばらく生理が来なくて不安でしたが2カ月ぶりに来たので一安心です。

ただし今度は謎の吐き気がかれこれ1週間近く続いており苦しい。

波はあるもののほぼ毎日症状あって、食べたら気持ち楽な気がして間食が増えた。

食欲はそんなにないのに。

悪阻?って周りに言われる。

妊娠してないのに…

エア悪阻。

気持ち悪いよ〜。

熱は無いし、純粋な吐き気だけ。

薬の副作用か、ストレス。

ストレスだとしても、原因はわからない。

仕事も全然ハードでないし、人間関係とかもそこまでごたごたしてないから気楽に過ごしてる。

寒さかな?

早く国外脱出したい。

クプアス

先週末は珍しくお休みだったので友達と初詣に行きました。

気がついたら年明けて3週間も経っていてびっくりです。

おみくじを引いたら吉でした。

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よいと見たら前に進みなさい、お互いに力を合わせるとよいときがあります、しかし悪いことがあると知りながら進むと災いがあります、と書いてありました。

自分の直感や感覚でよいらしい。

人と協力が重要らしいが、悪い気がしたら退いた方が良いらしい。

ほう。

あと、待ち人は来ません、と明言されていました。しかも待たぬ人が来るでしょうとのこと。

旅行は東に行けと。

とにかく東。

病は長引くが完治する。

縁談は叶うが返事を長引かせないのがよい。

らしいです。

去年に比べて本当にましなことが書いてあるので、ましな一年にはなるでしょう。

友達とベトナム飯を食べたり、カフェで甘いもの食べたり、街ブラしたり、話の流れで占いにも行きました。

占い師に見てもらうというのは生まれて初めての経験でした。

性格はナイーブで受け身だが、どんな人にも合わせるのは得意って言われた。みんなが嫌う先輩でも適当に付き合っていけたり。

(前職ハイパーヤバい人がいたから、確かにそれに比べりや誰とでも大丈夫。)

アルゴリズム的に、2のつく歳の年は大きな変化があるとか。

たしかに12歳で海外に引っ越して、22歳で人生の挫折を経験して西に流れたりしたから、否定できない。

そして22歳からの10年はずっと試練続きらしい。

確かにね???

元彼には振り回されがちだったとか、当たるとなんか色々本当笑っちゃうね。

終わった恋愛を分析して貰ったら、もやもやしてたものがようやく全部落ちた。

来年には結婚に向けた大きな動きがあるそうな。

話が進んだり、人と出会ったり、何かしら起こるとな。

信じよ!笑

待ち人は来年なんな!待つわ!

少なくとも去年よりは心も穏やかに過ごせる一年になるようで。

仕事が生き甲斐のタイプではないから淡々とこなして、自分のために蓄えを作れと言われた。

本当そう思う。

基本占いは信じたいことしか信じないけど、面白かったなあ。

またくよくよすることがあれば行って見たいと思いました。

眠いオブザイヤー

今日は朝からスーパー銭湯で一日中漫画読んで、岩盤浴して風呂でふやふやになろうと思っていましたが、どうにもそういう気分になれず、一日中家で本読んだり、昼寝をしたり、ダラダラしています。

ついこの間と思っていたら、手術後もう2カ月が経っていました。時の流れって怖い。

手術後すぐに生理来たんですが、そこからもうすぐ2ヶ月来てないので若干の不安はありつつ、割と元気に暮らしています。

最近ようやく図書館にも行くようになりました。

近いのに何だかんだバタバタして行けてなかったのですか、改めて公共施設最高!税金納めてて良かった!って思えるくらいに色々充実しているので助かります。

大学の図書館に比べたら物足りないけど、言語学系の専門書も少し置いてあるので暇つぶしになります。

専門書は家で読みたくないので、気楽に読める本を何冊か借りて帰りました。

うち一冊は「なくなりそうな世界のことば」という絵本のような本です。吉岡乾さん著。

世界の少数言語に存在する単語(殆どが日本語にはない概念)を紹介しながら、系統や発音、文法の大きな特徴など言語の解説もチラッとされている。そこは専門用語が多くて知らん人には何のことやら、という感じかも。私も殆どわからん。

そして、各ページの右側に紹介されている言語を母語として話している人の数が書いてあるけど、ページをめくるたび、その数字がどんどん小さくなっていく。

56万2千人の話者がいるウェールズ語で「ヒライス」という言葉は「もう帰れない場所に帰りたいと思う気持ち」を意味している、とか。

20万人の話者がいるラマホロット語で「デュバッ」は「手で触ってみるなど触覚を利用して何かを探す」という意味だったり。

100人しか話者がいないツィムシアン語で「ツウォホ」とは「寝る前におやつを食べる」って言葉だったりと、話されている地域や人々の文化や生活習慣の背景が透けて見えて面白い。

日本にもアイヌ語という絶滅寸前の言語があるけど、話者が5人しかいないというのは初めて知った。

沖縄とか与論島に行くと、地元の人同士は地域言語を話してたけど、あれも日本語の方言なんかではなく完全なる独立言語だと思う。

日本という国に生まれただけで日本語を母語として教育され、日本人であると洗脳される。パワーを持って母語とする言語を失わせる、アイデンティティを消滅させるって、本当究極のエスニッククレンジング(民族浄化)だよなあ。

そんなことを考えているだけで休日が終わろうとしている。

あけまして

2019年ですね。

毎日2018年と書き間違えています。

年明けの4連勤と1休はよく飲みました。

殆ど休みはないのに、正月休みに帰って来た友達とここぞとばかりに会ったからです。

少し無理でもしないと会えない仕事なのが惜しまれる。まあでも楽しかったので全て良しです。

久しぶりに会う友達と話して、卒業から今日までを簡潔に伝えるという儀式がありました。

新卒で入った会社でずっと仕事続けてる。

転職をしたけど結婚して趣味とか充実して楽しく生きてる。

同じ仕事しながら結婚して普通に暮らしてる。

同じ仕事してたけど転職してこれから知らない場所へ行く。

国内外色々転々と自由にやりたいことしてる。

仕事好きだけど産休ないから夏には辞めて母親になる。

色んなストーリーがあった。

私は卒業後の進学で躓いて精神を病み「まともに生きることは諦める」という条件を引き換えに、学校を辞めました。

療養も兼ねて、全てを諦めて2年ほど京都やそのへんでフラフラ楽しく生きていました。

親のプレッシャーもあり、一度だけきちんと働いてみようと思い就職活動をして地元に戻りました。

学生時代に仕事探しをしなかった私は企業研究などもよくわからず、内定を貰った中で一番何か楽しそうだと選んだ就職先は、蓋を開けてまたらただのクソブラック企業でした。

短い間でしたが、心身共にズタボロにされるには十分な時間でした。まともな判断力をまた失いつつある中で去年また転職をしました。

まともに生きることを諦めたはずなのに、まだそちら側にいける可能性があると、どこかで思っていたんだと思います。

でも、今回の転職で思い知らされた感じです。

全てを諦めなきゃいけない。

ずっと、まともに生きたかった。

まともな人間だと思われたかった。

18歳くらいの頃からモテないくせに何だかんだ常に男がいたのは、まともに生きてるような健常感を味わいたかったから。

夢や希望やまともな職がなくても、誰かと一緒にいたら自分はまともな健常者だと信じ込むことができた。

寂しいわけでも、誰かを好いていたわけでも、なんでもなかった。

恋人がいる人や既婚者が必ずしも健常だとは思わない。

ただ一見そう見えるから、憧れていただけなのだと。

健常感ないまま、自分はまともに生きることができない事実を受け入れて行く。

これからは、まともじゃないなら、せめて誰にも迷惑かけずに健康に生きたい。

そう心から願う正月でした。

まだ初詣には行けていません。

相変わらず誘えるような友達が近くにいないので、次の休みにでも一人で行く予定です。

あと少しがんばろう。

2018☆♪→$÷<々

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2018年の詳しい振り返りは別のブログ(10年もの)で既にしたので、ここではサクっと。

(特に自分のことしか書いてない日記なのに、2つもブログ持つ意義はよくわからないけど。)

今年は一言で言えば良い意味でも悪い意味でも変化の一年だった。

年明けに参拝した寺社のおみくじで、「今年は何もしない方がいい。耐えろ。」的なメッセージばっかりだったのに、それを無視しました。

結果やっぱりいろんなもののタイミングが悪かった。

転職も、引っ越しも、別れも本当色々あった。

でも、最終的には健康になり、ストレスが減り、安定して良い感じになりました。

しかも、転職、引っ越しがなければ卵巣腫瘍が早めに見つかってすぐ手術を受けることだってできなかっただろうから、そういう意味では、本当に良かった。

前の会社に居続けてたら、病院に行く暇もそもそもなかった。膀胱炎も多分放置して悪化し続けてたかもしれない。

前の家に住んでたら、腫瘍を見つけてくれた今のかかりつけ病院の先生に出会えなかった。

終わり良ければ全て良し、です。

まあでも来年はちょっと周りの声や神さま仏さまの声なんかもきちんと聞こうと思った。笑

仕事を辞めることを許してくれ今も応援してくれている前の会社の上司、後輩、友達。

入社したばかりのペーペーの私を休職させてくれたり、気遣ってくれる今の会社の上司や先輩や同期達。

ずっと精神面で支えになってくれていた元彼。

定期的に会って話聞いてくれる幼稚園、中学、高校、大学からの友達。

くだらない話に付き合ってくれる弟。

入院時含め常々サポートしてくれてる両親。

改めて、本当に心の底から大感謝です。

ありがとうございました。

来年は、平穏に楽しく生きていきたいです。

・今の会社での仕事を淡々と続いて早く役に立てるようになる。

・無理せず、カッコつけず、ありのままの自分でいる。

・好きなことをする。(ライブ、旅、新しい趣味)

・何かしらの運動と勉強をする。

・今しか会えない人達との時間を大切にする。

特に最後は、この1年で周りが転職、転勤、結婚やらでどんどん会えなくなって行って、本当、会ってくれるということを、頂く時間を大切にしようと思いました。

今年もたくさんお世話になりました。

来年もどうぞよろしく。

皆さま、良いお年を。

we want 米

12月29日に何とか仕事納めました。

仕事始めは1月1日です。

本当のサービス業あるあるは31日納め、1日始めなので今年はマシな方です。

かれこれ社会に出てから5年とかになる。

業界は転々としてるけどほぼほぼサービスの世界にはいるからか、不規則で人と違うタイミングな休みにとうとう何の不満も感じなくなってしまった。

この夏少しの間だけ土日休みだったけど、正直毎週5連勤とか無理…みんなしゅごい…って思いました。

前のブラック会社は休みがコロコロ変わったり無くなったりしてたけど、今はそれがないから本当楽になった。

元々友達も少ないから休み合わないことに気を揉むことないし、旅行も閑散期に行けるし、ライブは気楽に行けるし、平日休みで全然良き。

これが結婚して子供が居てだと全然違うんだろうけど、いずれも予定もないし、今の会社での仕事を出来るだけ長く続けていきたいです。海外勤務は夢のまた夢のような狭き門ということを知ったけど、どこに居てもやれることをやるだけだなと思います。

何れにしても厳しい〜〜ってなったら何となく行く当てもあるし、人生どうにでもなる。

はず。

楽しい嬉しい年末休み(2日間のみ)ですが、資格試験の勉強があるので明日も頑張ります。

完全復活☆

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今月はポルカドットスティングレイのワンマンと、冬の恒例、メリーロックパレードという地方フェス最終日に参戦した。

めちゃめちゃ元気。

物心ついた頃から音楽が生活の一部で、ライブも中高生の頃から行くのが数少ない楽しみの一つだった。

大学の時がもちろん一番行ってた。

月1〜2は最低でも行ってたと思う。

ライブの為に節約して昼飯抜いてたら低血糖になったりした。

大学卒業して京都に行ってからはうんと頻度が落ちた。

それでも夏フェス1つと、好きなバンドのライブに年2〜3回は行っていたと思う。

名古屋に戻って前職のブラック企業勤めの時は休みも心のゆとりもなく、何となくライブ離れしてしまった。

転職し、恋人もいなくなった今、休みもあり、自分のために使えるお金も増え、ようやく本当2年ぶりくらいに音楽生活に戻れた。

やっぱり何となく、今の方が自分らしい気はする。

新しく好きなバンドを開拓してみたりしてる。

ファンもバンドのメンバーも同い年か歳下ばかり。

何なら、メンバーが尊敬するバンドマンが、まだまだ現役やんっていう若いバンドマンだったりする。

それはそれで楽しみながら、それでもたまに昔行ったライブや、そこで出会った人たちを思い出して懐かしい気持ちになってしまう。

そして、昔大好きだったけど解散、休止してしまったバンドのことを思う。

andymori

N’夙川boys

ミドリ

大好きだったよ。

志村という、あれだけの才能を持ちながら若くして逝ってしまったバンドマンのことを思う。

本当肉親以外の死であれだけ泣いたのは後にも先にもないと思うよ。

新しい音楽作品が紡がれることがなくても、遺してくれた作品を私はこの耳が聞こえている限り、ずっと大切に聴いていきたい。